音読は何に効果があるのか?
むかしむかし私が学生だったころ、国語の教科書や英語の教科書を音読させられたことがあった。
教育現場から離れて久しいため、いまでもそのようなことが行われているかどうかはさだかではないが、たぶんゼロにはなってないし、これからもゼロにはならないだろうなと思う。
誰かに何かを教えるとき―例えば重要な法則など―読み上げさせたい気持ちはなんとなくわかる。
円の面積の求め方は教科書的に「半径×半径×円周率」とか記載があると思うけれども(え「円周率」じゃなくて「約3」だよ!とおっしゃる方はドント・マインドです)、それをぱっと見せて「これで円の面積が求められるよ」と伝えるだけよりも、それに続けて「これを読んでごらん」と言った方が、教える側としては「教えた」満足感が高い。
国語や英語においても同様である。
文章を「黙読してください」と5分を与えるよりも5分間読み上げさせた方が「あぁ、オレはいま文章を読ませているんだな」としみじみ&なむなむ実感しやすい。さもありなん。
しかし私が考えるに、音読はデメリットが大きい。
デメリットは4つ。
- つかれる
- 自分の理解のさまたげになる
- 他人の理解のジャマになる
- 時間がよけいにかかる
つかれる
単純なデメリットから申し上げると、声を出すだけで人間は疲れる。私のような貧弱はなおさらである。アレクサに話しかけるのもおっくうになるときがままある。
読むことに関していえば、黙読は目の筋肉を動かすだけだけれども、音読は加えてノドの筋肉を使う。
できるだけ怠けて・楽をして生きていたい。
そういうスタンスの筆者である(下記の記事が好例)から、疲れることはかなりの音読デメリットであると主張する。
体型をかっこよく見せる着こなし術はあるのか?ありまぁす自分の理解のさまたげになる
音読をするより、黙読をした方が理解が早い。
うすうす皆も気がついているのでは?
もしかして研究している方もいらっしゃるのではと思って「音読 理解 論文」で検索をかけるとドワッー!と表示されました。けっこうメジャーなテーマなのか知らん。
拝見したところによると、やっぱり音読よりも黙読の方が理解のためにはよいみたいですね。ただし、音読は暗記には優れているようです。へー。
他人の理解のジャマになる
音読を命じられた方がいるとします。
その人がもし自分にとって不快な人だったら、読んでいるあいだ中気持ちがかき乱されるでしょう。
もし自分にとって印象のよい人だったら、うっとり聞き入ってしまうおそれがあるでしょう。
いずれにせよ誰かが読んでいるのを聴くよりも黙読したほうが心穏やかに何かを理解できると私は考えます。
関係ありませんが、黙読している姿って、誰でもわりと魅力的になると思いますよ。夏祭りにおける浴衣のように。
時間がよけいにかかる
黙読と音読の文章を読むスピードは、わざわざ私が申し上げるまでもなく、黙読の方が圧倒的に速いです。爆速。世の中には「速読」なんてスキルもありますし(速音読はたぶん無い)。
あくまで可能性の話ですけど、「新進シャンソン歌手総出演新春シャンソンショー」をソツなくぺらぺらと淀みなく流れるようにべろっと言えるような人だったら、もしかしたら黙読といい勝負ができるかもしれません。
おわりに
以上の理由により、私は音読反対派である。しかし誰かに音読を強制された場合、すっかり態度を軟化させ声高らかにおもしろくもない文章を読み始める穏健派でもある。
読ませたい方々は好きに読ませていればよろしい。
音読推進派の方々には、恩徳のある対応をお願いしたいものである。
どうぞ宜しくお願い致します。合掌。