アンガーマネジメントに伏流する欲望
「アンガーマネジメント」なる単語を耳にした。
私のパーソナルコンピューターで打ち込むと「案がーマネジメント」と変換されるため、未だ人口に膾炙していないのだろうと推察する。
なんでも、「怒りをコントロールする」ことを本義とした取り組みのことらしい。
私は「あなたさいきん怒ったことある?」と問われるくらい表面上はたいへん穏健な人間であるところからして、特段怒りを制御する必要性は感じてないけれども、近年の何でもかんでもコントロールしようとする風潮にはげんなりしている。
- 食欲をコントロールしてダイエットしよう。
- スマホを見る時間をコントロールして勉強時間にあてよう。
- だめな上司をコントロールして社内でうまく立ち回ろう。
- 家族関係をコントロールして円満に相続をしよう。
これらの願いには「自分の知覚できる範囲のことがらはすべて満遍なくコントロールしたい」という欲望が伏流している。
そんなふうに考える人々が増えている。
たぶん、そういう方々がブログやSNSにイライラさせるコメントを書き込むのだろうと思っている。
詳細は控えるけれども、ブログを運営しているとさまざまなコメントを受ける。称賛から罵倒まで(ちなみにカカシスマートはコメント欄を設けていませんが、理由は適当に見繕っておいてくださいませ)。
管理人をイライラさせるコメント
ブログを運営していると、ときどき(ウッ)となるコメントが投稿されたりする。
大海のような心をお持ちの方は気にせず承認・アップロードされると思われるが、私は「ごみ箱」へ直行である。
だって、それはたぶん管理人である私にしか向けられていない悪意だろうから。
それをインターネットに公開するほど私はナイーブではないし、同情もつるし上げも特に望んでいない。
ブログシステムの仕様上、ごみ箱に行った差出人はスパム登録されることになっているので、その方が私に再度悪意を届けることはすこし困難になる。
内田樹氏の文章で「敵意のあるコメントもブログにそのまま載せている。なぜならそのコメントが”浮く”から自然淘汰されていくので」のようなことが書いてあったことを思い出す。
イライラさせるコメントを書くような方は他者をコントロールしたいという欲望を持っているため、浮いたり、もみ消されたりするとその目的が達成されず、結果的に世界はよくなっていくのでは。
一日一善。
今日も元気にコメントを消していこうっと。